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地域紹介

前芝の燈明台

●前芝の燈明台

 日本で2番目に古い木造瓦ぶきの灯明台。昭和41年に修復復元されました。前芝湊は年貢米を運ぶ廻船が発着するなど、江戸時代の水上交通の要地でした。(サンライズバス・前芝海岸下車) 豊橋市HPより

 現存する燈台としては,全国で二番目に古い。愛知県豊橋市前芝町青木95【アクセス】 豊橋駅からバスで じゃらんより
海苔創業者杢野甚七碑

●海苔創業者杢野甚七碑

 三河地区で初めて海苔養殖に成功
海苔養殖に心血を注ぎ、自費を投じて海苔養殖産業を開拓、明治以降戦後まで全国屈指の産地として発展した三河海苔養殖の基礎を築いた。 三河港湾事務所より

●潮干狩り(前芝海岸)

●豊橋港(三河港)

 自動車の輸出入で国内有数規模。フォルクスワーゲン、ダイムラー、ランドローバー、フォード・モーター、ジャガー、ボルボ、ゼネラルモーターズなどが輸入整備やパーツセンターなどの事業拠点を設置している。 Wikipediaより

●山本勘助の墓

愛知県豊川市牛久保町八幡口97長谷寺内
 山本勘助は長谷寺住職念宗和尚と非常に親交があったので、勘助が信玄に召し抱えられた時入道として道鬼斎と称し遺髪を託した。その後勘助が川中島の第3回合戦において戦死したことを聞き、悲嘆に絶えずこの遺髪を埋め墓を立てた。また、当寺には勘助が持ち歩いた摩利支天像と名刀志津三郎兼氏も所蔵されている。
 牛久保町寺町は、その名からうかがえるように多くの寺が建てられている所です。その中の一つ、長谷寺(ちょうこくじ)には、風林火山で知られる山本勘助の墓があります。
 武田信玄の軍師として知られる勘助は、八名郡賀茂村出身。牛久保在住以来長谷寺の念宗和尚と親交があり、信玄に召し抱えられたとき遺髪を和尚に託しました。
 永禄4年(1561年)勘助が川中島の合戦で戦死した際、念宗和尚が建立した五輪の墓が今も残っています。長谷寺には、豊川市文化財に指定された木造摩利支天騎像もありますが、これは勘助の守護神であったと伝えられています。 豊川市HPより

 山本勘助が川中島の合戦で戦死後,念宗和尚が建立した五輪塔である。【アクセス】 牛久保駅から徒歩で じゃらんより

●瓜郷遺跡

愛知県豊橋市瓜郷町寄道
 約2,000年前の竪穴式住居跡が豊川河口にほど近い瓜郷にあります(1953年に国の史跡に認定)。弥生時代中期から古墳時代初期までの集落で、豊川沖積地の湿地を利用した水田が開かれていたと考えられ、標識遺跡として貴重な存在です。弥生時代の出土品と5分の1の復元住居が豊橋市美術博物館に収蔵・展示されています。(JR飯田線下地下車・徒歩15分) 豊橋市HPより

 弥生時代の竪穴式住居跡で奈良の唐古、静岡の登呂と共に全国三大低地弥生遺跡として有名。土器・石器・骨角など出土品は豊橋市美術博物館にある。【アクセス】 豊橋駅からバスで じゃらんより

●吉田神社

愛知県豊橋市関屋町2
 7月第3金・土・日曜日に開催。三河伝統手筒花火発祥の地として知られる吉田神社境内で手筒花火約300本、豊川河畔で打ち上げ花火約12,000本を奉納。夜空を彩る勇壮な花火は、天空にひそむ悪霊を吹き飛ばす最良の方法と伝えられています。豊橋の夏の風物詩として親しまれている祭です。 豊橋市HPより※祇園祭として紹介

 源頼朝、今川義元、徳川家康らの崇敬が厚かった。毎年7月第3金曜日には吉田神社境内で手筒花火が奉納される。(祇園祭)。【アクセス】 札木から徒歩で(豊橋駅より) じゃらんより
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